解体という真っ只中

気がつくと、いつも同じことがおきている。

旧→新の真っ只中にいる。

大げさに言えば、破壊と創造。

小さい頃からそうだったのかもしれないが、ここ20年弱を辿り大学も旧校舎から新校舎へ、その後に関わった研究所も全て引越付き&旧→新体制へ。その時々に併設されていた各国の病院も解体や新増築を伴ったリニュアール。同時に、またはその数年内に、組織や母体自体が壊れ創造というアクションが起こる。物・事の大掃除をしている数が半端ない。大概は断捨離になり、かなりのセンスを要する。

自分で仕事をしてからも、クライアントや先方企業と、なぜかいつも一緒にその渦中にいる。そもそも立ち上げなら分かる。好きだしゼロから1は何にも代え難い楽しみがある。手間かかり過ぎて企業では受けられない案件も自分の裁量だから受けられる。けれど、そういうスタートの新ではない。 転換期だ。もちろん長年計画してきたことの延長でたまたまの場合や、突発的に起こる場合など、ほんといろいろ有るんだなと勉強になるし、人って本当に全く違うし、人間くさいし、だから面白いなと思うけれど、、、とにかく皆旧→新にいる。

これって人生1、2度経験できたらいいことな気がするけれど、よく考えれば、仕事を始めてから全部がそれなんじゃないの?と思う。 だって今月全員が新社屋。組織も変わる、その関わる会社も事物も人も影響受けて変わる。そして、たぶんここ数年内で全部がかわる。良くも悪くも待った無しで、破壊され創造へと繋がるか、切り捨てか。これが、大なり小なり(いや、小はない・・・)全員同じ時期って、マジですか?と聞き返したくなる。破壊と創造 なんて大げさかもしれないけれど、今年は世界中でそういうyear流れなのか、回りがたまたまで巻き込んでもられているのか・・・・分からないけど、どちらにせよ、待った無しの時間が始まっているのかもしれない。夢中に没頭できる時間がいかに増えるかも自分にとっての生き方・働き方としては楽しみだけど、 30代の今はそれでは物足りなく、色んな会社や組織・個人など皆が、またその回りが、どんな風になっているかイメージを描き、現実を考えるほうがよっぽど楽しい。何が起こるのか読めなくてワクワクするけれど、本質と見据える先はブレずに楽しくすすんでいきたい。そして冷静さを保つためにも、心地よい夢中でなく、ちょっとだけチャレンジングな所やアウェー感漂う場に身を置いておけたら。

 

見た目のまろやかさと全然味が違い、個性派揃いなのか1つ1つが丁寧に育て作られたからかパンチが聞いてる素材の集まりで、最初は美味しいけれどそれぞれ強いなと思って、でもシンプルの鉄則は守ってて、どんどん調和してるような個性やっぱり強いような、、、、でも忘れられぬサラダの味に。こういう枠組みいいな、とサラダからインスパイアされること多し。

 

運の意味

 

いろんな国で、いろんな人から話を聞いてきた。インタビュー前は、冴えて寝れないし、直前は緊張し過ぎて吐きそうだけれど、、、でも、やめられない。楽しい。たぶん好きなことなのかもしれない。

リラックスですね〜と言われるけど、内心はそうではなく、何語を聞き、何を話しているのかも分からなくなる時もある。でも多くの場合、自分は素人の、一般の、ふつーのヒトとして話を聞くので、知らない分からないことが前提になる。実際、本当に知らないことだらけで、最初は何を言わんとしているのか手探りで、徐々に分かりはじめ、理解出来る。と同時に新たな価値観を知る。これは、相手が超すごい人だろうが、会長社長だろうが現場だろうが子供だろうが、どこの国でも誰でも一切変わらない。そこにあるのは常に枠外、知らなかった価値観、未知なる感動。時に不躾な質問をしていると思うし、失礼かもだが、本当に皆に色々教えてもらっている。

ただたまに、それとは真逆のことがおこり、自分の人生にインパクトを与える。分かったつもりになっていたということ。

この間、たぶん凄く偉い人に会った。人生面白い縁ですよね、とお話されたが本当にその通りで、私が普通に生きていても接点がない。アンテナもない。だから全く分からない。集まりに来ませんかという話だったのに、急に皆がだめになり、サシですがいかがいたしますか、という。人生は贅沢、おそろしいおもしろい演出。イエス!と叫ぶ勇気すらなく、流れに身を託し贅沢な時間をいただいた。でも何を話したらいいのか、常識知らずで聞きたいことも全く思いつかなくて。結局、その場その瞬間を楽しむことしかできない。でも自然と話もはずむもので、どうして、そんなにえらくなれたのか?聞いてみた。そもそもえらくなりたいと思っていたのか。

すると運だという。(ざっくり言うと)

なるほど。自分も本当に運がいいなと思って生きているので分かるかも〜と思って聞いていたら、同じ”運”でも、全く違うこと話され、もし質問を途中でやめていたら、話の内容を間違って解釈してしまったとさえ思う。ひと回りもふた回りも外にいっていた。

私は、運とは、結構自由度があり必要なものは出会えるみたいに主体的な意味として使っていた。まるで、子供の頃の宝探しのように、どんどんどんどん進めば進むほど自由に、極端に言うと勘が働き半ば操れるようになり?、そこに在る流れみたいなニュアンスだった。努力というか些細なこと、ほんとにちっちゃいことが大切になってくる。しかもそれで終わりではなく、それが機会チャンスという始まりで。あと伝染もする。

そんな意味の運なのかと思っていたら、全く違った。

生きていれば、自分で選べないことが殆ど。(会社がイヤで受け身の人生というのでなく、世の中には本当にこういう人が、職が、役が、位が、沢山色々ある。)自分の意思では何一つ選べないなかで、進んで行く。出会いは選べない。自分の力では何もできないからこそ、運がよい、としか言えないという。だから、出会いが良かった、運が良かった。

結果的に指す内容は全く同じだけど、そこまでの指すプロセスは全く違っていて主体的と能動的とでもいうのか、全く違う意味で”運”を使っていた。

”運がよい”と思って生きていても、全く違うことを思って生きている。

でも結果はどらちもツキがある。

本当に面白いなと思った。

でもどちらも、交わる力や、オセロのように反転する力は大切なコツなのかもしれない。そして運の意味なんて、実はどーでもよくて、運いい!と思っている人が運がいいんだな!と単純、当たり前のことをつくづく感じた。

 

あの日以来、運の両刀使いをし始めたら、見える世界が一回りも二回りも広がった。本当に今までとは違う、考え方に幅が持てた。より運を、出会いを、人を大切にできると思う。そしてたまたまなのか、色々全く違うところから矢が飛んできて、思いつかない方向にと、ぼんやり思っていた方向に、ぐぐぐっと動き出したので不思議。

 

繋がり

過去と現在と未来が交差する点はあるんだなって感ぜずにはいられなかった。しかもそこには無数の線が通過する。もちろん、理論上いつだって今という瞬間はその交わる点だけれど、そういう時間軸的なことではなく、もっと感覚的であり構造的なこと。人生無駄はない、全てが糧となるとは言うけれど、えっ!?こんなことに繋がるの?!という驚く瞬間に遭遇すると相当に楽しい。精神面、タフさや味わい深さ、豊かさとかだけでなく、えっこんな技術ってこんなことろで使えるんだ、なるほど〜という出会いが広い視野を与えてくれる。

今回は欧州出張はいつもとは違った。この体験が後の人生を変える体験へ、価値観や思考となっていくことは分かる。どうなるのかは分からないけれど、それぐらいおそろしく冷静で刺激だった。

ドイツの道を歩きまわっている時に、ふと、あれ案外、昔考えていたこと叶ってんじゃないの?と。すっかり忘れていたことを思い出した。当時、体感として明確に感じていたことなど色々あったが、その点と点をどうやったら繋げられるのか、考えても分からなかったし、何を手がかりにしていいのかも分からなかったが、でも何となくその先をイメージせずにはいられなかった。そして今、1つ1つ記憶を辿ると、案外というか、こんなことしたいな〜って漠然と思っていたことは、あれ、あれ、あれ、と全て残らず全部今の現実にある。夢が叶っているという表現ではなく、点と点は振り返れば繋がれていて、形にしていける土台に立てているのかもしれない、という感覚。

そしてまた、全く異なる点で、今ふと思いつき開きだしたイメージは、またいつか気付けばあれっ?!とたぶん繋がっていくのかも。

けっこう運がいいというか、本当に周りに恵まれているお陰で、今までも、たまたまのタイミングで出会い、色々なことをやってきて、面白いなって思ってきたけれど、思っていたより、断然、面白いのかもしれない。

 

 

 

breakpoint

イタリアで開かれた2年に1度の「食の祭典」の日本代表団の仕事を職人さんと終わらせ、一気にパリへ。

ヨーロッパにいくなら、ぜひ見たい・聞きたいことがあってだめもとでお願いしてみたことがあった。すると、どんどん大きなことになり、トントン決まっていった。有り難い。よく聞けばすごい社長方や担当直々が時間を作ってくれたり、調整をしてくれたり、思っていたより大きなことになり、よく考えるととても幸運。でも、えっ、大丈夫だろうかと吐き気がでるほど緊張していった。日本でやってきたことが果たして通じるのか?

この仕事はその内容に精通していなく染まってないからこそ出来ることがある。だから専門業界などないわけだが、それに加え文化も状況も、価値観やそして言語も違う中で、できるのか?老舗や職人系が多いわけだが、その歴史とともに時代の歴史をマトリクス的に理解したうえで、螺旋や球体を描けきながら思考を広げられるのか。そもそも私は何の仕事をやってきたのか。。。 挙げ句の果てに、今準備出来ることは何かを考えても、英単語帳?とズレたことしか思いつかず。

img_9598本当に最初緊張した。でもすぐに忘れていた。なぜなら知りたいから。楽しかった。それと同時に、素材として、この仕事のポテンシャルを感じた。今まで気付かなかった。でもかなりかなり面白いんじゃないか。

でもまだ分からない。ここフランスはある程度バックグラウンドや体験に基づく理解があったからこそなのかもしれない。一周回って、また新たなスタート。来週からはドイツや他ヨーロッパ。結構緊張するが、どこまで出来るのか。私のベースは、根源や本質を知りたい欲求なんだとつくづく。img_9693

3回のクマ

今年は、クマに3回もあった。2回はアメリカのブラックベアー、1回は四国ツキノワグマ。 どれもフロントカントリーで、誰もが通る場所。

アメリカのヨセミテやキングスキャニオンには、ブラックベアが多く生息している。ホテルに宿泊する際も車から全ての飲料水を出さなければならないし、キャンプなど野外ではフードコンテナーにいれなければいけない。その注意の映像も沢山ながされ、へ~、クマってこういう風に車を開けるのか?と、見いった。アンパーンチみたいに体当たりしてくるのかと思いきや、車を揺すったり逆さに転がしたりしながら開ける。賢いし、むやみやたらには襲ってこない。「動物はお前より頭がいい、知恵がある、見ててみな」とよく子供の頃に言われていたが・・・その通りだ。非常にかしこい、なるほどとマップに載っている欧米人の指す散策コース程度のトレッキングコースを歩いていたら、先頭がとまった。ん?と。ゆ~っくり1歩進むと、道の真ん中にクマがいた。で、カメラ好きの本能だろう、瞬時に無意識にシャッターを押してる。しかもフラッシュが自動でつき、本人も、メンバーもびっくり。クマも気づき・・・、まあ歩いて言ってくれたが、至近距離50mというところではないだろうか。

なんで姿が見えない時からクマに気付いたの?と聞いてみれば、

・野性の匂いがした(これは常々山にいないと培えない能力ので却下・・・

・普段の山や自然の中にはない色(黒)が見えた

真っ黒というのは、普段の自然の中にいる時には目にしない色らしい。言われてみれば、黒の物は思い当たらない。(落雷や火事のあとくらい?あと、カラス?)ふだん目にしない色は、すぐ気付くとのこと。逆に、例えば腰に白いタオルをつけて歩いていると、どうしても動物のシッポと見間違えるらしい。ブラックベアはけっこう大きかった。。。

その翌月、四国のアウトドアに行っていたとき、運転していたら、黒い物体が横断中。とまってしばし観察。10年前、四国にいたときに、四国のクマは絶滅寸前だと聞いたことがあった。そして、もう絶滅したんではないだろうか?とも言われていた。(九州では、ツキノワグマは絶滅したとされている)

そんな話を知っていたので、うわ〜くまだー!ととても嬉しい気持ちで見ていた。その後、クマいましたよ、と情報を提供するのだが、そのやりとりを聞いて不思議な気持ちになった。とても危ないのも分かるが、私のなかでは、

パンパカパーン!クマいました!絶滅してなかったんです!!!

というふうにしか思いつかなかったけれど、

実際は、えっ?クマ出ちゃったんですか・・・・モード。結局新聞にも載ることになり、インタビューも受けていたがそんな感じ。喜びモードというより、残念モード。観光に打撃を受けるから分かるけれどね。

絶滅はしてほしくない、でも、自分のところには出てほしくない。

それが、人間の本音なのだろう。

なんて都合のいい生き物なんだと思うと同時に、それが人間だよなとも。

ひとまず、クマ絶滅していなかった!と感動いっぱい、すぐブログを書こうとしたら、

数日後には、サファリパークでのツキノワグマ事件だった。

なんか色々考えさせられたし、タイミングじゃないなといろいろ。

ひとまず2016なつの忘れられない出来事だった。

そして、タイムイズアップ。トリノに到着。過去の回想はやめ、日本代表団としていろいろ吸収してきます。レポートする責任もあると思うので、お楽しみに。

2016なつ

ミラノ着。これからまた大きな波がくるだろうが、その前に記録しておかなき忘れちゃう。

今年の夏は、いろいろ視察にでかけていた。ある会社では、あーだこーだ考えてないで、まず飛んで見てこい体験してこい という風習があるが、私も同じ。見て、刺激を受け、っぱい感じたことや、いっぱい思ったことがあった。で、いっぱい考えたり、調べたり。その記憶やメモを、ちゃんと記録にしたいと思い、改めてちゃんと時間をつくらなきゃと思っていた。

が、結局、今なっているということは、ちゃんとプランは失敗。自分のスタイルを思い知った。もしかしたら、これが一番大きな収穫だったのかも。改めて、というのはなく、すぐ、即決、瞬時、隙間、思い立ったが吉日、そのほうが性に合ってたと気付く。やはり自分は自分が一番わからない。

・クマに3回あった。ヒトは都合よい生き物なんだ。

・米国立公園って、こんな風になっているんだ・表の顔とその裏に隠れた目的。

・家族で気軽に入れる安全講習。子供も見入るが、中身はリアルで、グロテスク。でもりんごをかじりながら見ている現実力。

・自然とつき合うとことは、生を伝えるということ。

・エンターテーメント性とは

・レストラン

・石鎚国定公園

・不動産や車業界

・人の特性・修正

・地形をいかした、整備、観光づくり。

・本当に客がのぞんでるものとは。

・手で触るということ

まだまだあるが

でもざっくり言うと全部ようよな業界の仕組み、常識は、他の非常識。そこに孔あり。

1Day trekking tour in Kochi

明日から、毎年行っている高知県に位置する「吉野川源流」

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今年は、石鎚山国定公園内をひたすら歩き回るので、今まで1番タフ。全日程を通すとちょっとワイルドでハードな構成になっているので、1Dayトレッキングとして参加できます! 上記3日間は、まだ空きあるのでぜひ!

私の個人的におすすめは、8/12! 吉野川源流トレック→温泉→夕食@一の谷やかた 郷土料理の軍鶏すき(高知市内でもこのレベルの軍鶏は食べられない)毎年やめられないコースになってます。 最高な1日で、また吉野川源流の沢ぞいを歩くトレッキングも最高。私は何度ここを訪れても、渡渉を繰り返し、奥に奥に進んでいくと、なんだかまるでタイムスリップしたような感覚になります。(タイムスリップしたことないし、これはあくまで私だけの感覚ですがw)奥へ奥へ進み、空間の中に包み込まれ、森羅万象という世界があるならばこういうことを指すのかなと。日本特有の植生の豊かさ、土壌の豊潤さがあり艶やっぽく、荒々しさと静寂が混在するあの包まれた空間。アウトドアが大好きで、特に水が好きで、だから沢沿いが大好きで、遊び歩いているけれど、こんな空間の感覚になるところは今までこの森と、あともう1カ所のある部分のみ。ぜひ、チャンスがあるならば、ほんとうに、この姿見てもらいたい!なので、ぜひ!!

今年のmake a sekaichizuアウトドア研修はアメリカ国立公園、ヨセミテーセコイヤーキングスキャニオン10日間歩き回ってきました。様様なルートみな別々に歩き回ったり、講習でたり、宿も天と地(面?)も。ブラックベアに50mくらいで出会っちゃったし。

その国立公園を作ったジョンミューアー(自然保護の父)は、キングスキャニオンを訪れた際に「できればみなさんは、この渓谷が原始の姿をとどめている間に、一度訪れてみるべきです。」地元の新聞社にこう記事を書きました。そのキングスキャニオンにいって、強く感じたことは、吉野川源流の森を、潤ってて豊かな大地を、透き通る激流をもっと多くの人にこの姿をみてもらっておきたいということ。そして、そう時間は残されていないだろうなということでした。今年は台風がきてなく、水量も少ないため、多くの人がいけるチャンスと思ってます!1dayだし。ぜひ!

 

あすから、たのしみ!ねます。

887

先日、ロベール・ルパージュの「887」を見てきた。映像の魔術師とも呼ばれ、シルク・ドゥ・ソレイユ「トーテム」などの演出で知られる世界的に有名な演出家。その自叙伝的一人芝居の日本初演だった。といっても、知っていた訳でなく、他の舞台観劇のときにチラシで見つけたもの。

素人の私が見て分かるんだろうかと一抹の不安抱えながらも、好奇心に勝るものなし。一体どんな人が見にきているんだろうか?キョロキョロしてしまう。満席だったが、んー、私が今まで体験してきている層とは全く違う何かに足を踏み入れたみたいな感じ。

後に「どうだった?」と感想を聞かれるも、「ん〜 なんかうまく言えない。」しか伝えられない。人は自分の価値観や知識のなかで、判断できるものしか分からない。予期せぬ衝撃に出会ってもうまく表現ができない。街中で、恐竜が歩いていたら、UFOが現れたらビックリすると思う。でもそれは恐竜やufoという概念がすでにあるからで、ほんとうに自分が知らない物に出会った時は、感動もできないし、ぼーぜんとするはず。なにこれ?と、ニュートラルに入ったまま、右にも左にも触れない。

私にとっては、そんな未知なる感性や視点、空間認識だった。エジンバラ演劇祭をはじめ世界中で喝采を浴びた舞台。英語仏語で上演で言語的な壁もあり理解しにくいのもありそうだが、そもそも持ち合わせてい無い感性。天才。IMG_7899

なんだろう。ひとまず、1ヶ月たった今も、あの不思議な感覚が残っている。

そいういえばこの半年は、とにかく、わけ分からない体験が多いな。

違うこと、同じこと。

いろいろな業界をやってみると、業界の常識って、他の業界の人には分からない。大体、最初、えっ、えっ、、どういうこと?どういうこと?、、、なるほど〜〜と、一向にすすまない笑。さっぱり分からないことだけらけで、楽しい。違うことが面白くて。

逆に同じこともある。どんな品だろうが、どんなサービスだろうが、どんな形だろうが、値段が数百円、数千円、数万、数十万、数百万、数千万、数億とどれもあるけど、本当に全く同じ。業界も値段も形も全く違うけど、根底は全く同じなんだなとつくづく感じた。だったら大きな方が好きという人も多いが、私は全部すき!どれもほんとうにおもしろい、どれもやるのが楽しい。ほんとにおかげで見える世界がとっても鮮やかで色彩豊か。これって、ほんとうに好きな価値観だ。

これからどれだけの人と業界と分野とめぐり合えるのだろう。どれだけカラフルな世界が見えるのだろうと想像すると、ドキドキするっ!

 

エンダイブ

日本でも目にする様になった地中海原産の野菜。

ギザギザのレタス、と思って食べたら苦かった葉っぱ。

「エンダイブ 」という名前で売られている。

英語:エンダイブ Endive

仏語:チコリ Chicorée

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えっ?エンダイブ?

フランスで、エンダイブといったらこれ。

小さい白菜と思って、鍋に入れたこ。

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仏語:エンダイブ endive

英語: チコリchicory

で、英語名はチコリーというらしい。

 

どうして、英仏語で入れ替わっているんだろう。言語ってほんとなぞ。

 

エンダイブ(仏チコリ)のほろ苦さにはまって大好きなので、気軽に手に入るようになり嬉しい限り!ビネガー、マスタード、オリーブが入ったサラダに、きゅっと白ワインで、夏を思い出す組み合わせ。最高!