渋川春海

先日の春分の日。欧州では、春分と皆既日食が重なり、さらにスーパームーンにみえるという三重奏だった。(日本では今週土曜4/4に皆既月食で、赤い月と夜桜のショータイム) 今や携帯一つでそんなことが分かってしまう。

渋川春海(安井算哲)。江戸時代に800年ぶりに和算での改暦を試み、日本初の地球儀や天球儀を作り、後の初代天文方。会ってみたかったなーと思った3人目だ。最も会いたい人だな~生き様に惚れる。カッコいい。

当時「天文学」という学問は存在しない。科学という分野でなく、天は暦学や陰陽道、宗教・占星術といった類のものだったはず。国立博物館に地球儀や星図などの展示があるが、小説「天地明察」の方が面白いだろうし、さらに映画のほうが簡単だ。

日本初になるだろう北極観測による計測の旅にも出ており、日本地図の伊能忠敬より100年前の話になる。800年ぶりの改暦を行うことを考えただけでも目がまわるが、22年で4回も改暦申請したパワーと精神。今とは時代が違うので死んでもおかしくない失敗続きの中で残している言葉は「勇気100倍」

囲碁棋士で算術や暦学、神道をはじめ、数々の学問を学び長けていたとはいえ、近くで観えない、訳の分からないものを数理で予測する・・と想像しただけでも果てしななく遠い。残念ながらほぼ資料は残っていないし、あまり知るチャンスもない。あまりに地味で地道な人生で、もしあえて成功というならば人生でたった1回の改暦成功のみで、あとはいわゆる全部失敗なのかもしれない。まあそもそも研究ってそういうものだけど。  でもなんだろな〜、失敗や苦労、想像を絶する挫折を支えた裏にあるものは、幸福というのか、日々とても愛し愛され、楽しく幸せだったんだろうなと思う。

春分の日。お墓参りと会食を終え、用事を済ませると次の予定まで時間が空いた。たまたま近くだったので、渋川春海のお墓に春分と日食報告にいってみた。カラスと私、かなり怪しい夕刻どき。そこへ老夫婦がやってこられ、君もか、と声をかけられた。返答する間もなく、あっちあっち、そこよ、ここここ・・・あれよあれよと言う間に「こころ」と書かれた島倉千代子さんのお墓になぜかお参りして終了、笑。

 

国立科学博物館の地球儀や天球儀、星図、泣けるほどに感動する。

って私だけかもだけど。

ただ、全体的に内容の質は高いのに、なんか・・・いまいち分かりにくいと思うの。 昔から、科学や生物、博物館、分野本に興味なかったし、現役の時も一切見なかったんだけど、なぜか最近各地で行く機会があって。

日本の国立科学博物館って、確かに説明が正しいんだけど、文章自体にシンプルさも遊びも少なく、かといって的確さや納得いく説明量もない気がしちゃうの。魅せ方もなんかもっと良くなる気がするし・・・結局惹き付けられないから楽しくイメージとして残りにくく難しいような・・・と、こんな所でボヤいても仕方ないんだけど、去年行って私分かんなかったんだよねw えっ、科学なのによく分からないかもって悲しくなっちゃって~、理解力がないのか、知識がないのか、バインダーにつけられてるタグのように思えてきちゃってさ。ひとまず渋川春海の魅力は、あれじゃ伝わらんって、ファンとしてはーって思って。。。

国立科学博物館って、どこの国のが面白いんだろか〜  あ~国立科学博物館に1か月籠って、夜な夜な文章と表現をよくする作業してみたいわ―。いや、その前に世界各国のを巡ってみたいかも。 あ~それよりやっぱ会いたいな―、まあ実際いたら緊張でモジモジして会う前に倒れそうだけど笑

 

 

 

 

バタフライ

綺麗な方でなく、あの激しい方。

よくバタフライをしている人たちにあう。それも、けっこう年齢がいっている方々も多く練習してていて・・・

「バタフライって・・・そんなに練習しても、そんなに泳ぐチャンスあるんだろか・・・・」とそのパワフルさに圧倒されて、毎回ちょっと引いてみてる自分がいた。(基礎力として身につくのは分かる)

 

そんなことをこの半年よく思っていたからか、先日、自分以外のレーンの人が、全員バタフライしだして・・・・えっっ、みたいな状況に。しかも夜11時近くに、笑。

夜だからレーン貸切状態で、真ん中だけヘラヘラ浮いてるわけにもいかんでしょ~と奮い立ち、いざバタフライの世界へ、笑!

 

学校の水泳以来だと思うんだけど・・・

 

たのしかった~、笑!

 

その全てがかわる瞬間

とても小さいわずかなことで、その全てか変わってしまう瞬間がある。

電気1つで全てが変わってしまうように。

1℃の違いで全く反応しなくなってしまうように。

まさかの小さいことが、人生その全てを変えることになったり。

 

 

とっても小ちゃいことで、ゴミの中からはじまることだってある。

 

どんな物事もでも、プロジェクトでも、その小ちゃなことで全てが変わってしまうピントやラインがある。たったそれだけのことで、白にも黒にも変わる。無にも有にもかわる。

極論それだけを伝えたい。それさえあれば十分だから。寸分のズレなく伝えたくて、その点だけは妥協ができないから、説明する材料をあれやこれやと出すだけなんだろうな。頭で分かるでなく、体と感覚を持って分かった・納得できたのラインまで伝えたい、後にいかようにも展開していけるから。

 

この半年、心から身震いするような瞬間との出会い、お尻の底から熱くなる瞬間を重ねてくると、いろいろ明確になってくる。

全ての景色が変わってしまうような小さなことや、その感動の瞬間を、単なるいちアイデイアとして伝えてたいだけなんだなと。

そういう瞬間って、何かとの出会いだと思うから。

観ることでしか、観つづけることでしか、分からないと思うから。

 

 

 

わずか

今年度も、あとちょっと。

  

百里行く者は九十九里をもって半ばとす  

ていねいに、いきたいな。   

 

ここからが、本当に面白いところ。

さて、パイプオルガン聞きに行ってきます!リヨン以来かも…楽しみ!!

百合専門農家さんからの百合も、満開大爆発!やっぱり職人も天才も好き。みなただ続けてんだよね。

可愛いはつおん♡

桃の節句 も終わり。もものせっく。 この発音が好き。可愛いよね〜口が動く感じが♡

シャンパン飲んで、爆睡して、幸せでした。泡も、3月3日も、もものせっく と同じ可愛さあって、キュンキュンする♡ モーツアルトのキラキラ星みたい♪

 

「観察する」と「見抜く」って全然う。全く別物。見抜ぬといってる時点で、考え方間違ってるますよ。見抜こうとしている段階で、観察しなくなってるでw 観察って、目の前にあること、全てあったかいよ。ありのままで十二分にどーでーんと信頼でつながるよ。だからあけっぴろげ~。忘れちゃうんで、メモちゃん。