子供の強さ

週末

働いている人の数が少ないせいか、面会者が目立つ。

天気がいい時は、外のベンチで話している姿。

ここは、ガン専門医療センター。高度医療病院ゆえ、各地から重症患者のみが集まる。

子供も、よく見る。

状態よくなさそうに見える子もいる。

休日昼間位しか見かけないけど、小学生以下のちいちゃい子達、なんか日本と雰囲気が違うな~といつも思う。

家族と話している様子を見ても、違うなと思う。

自分の運命、目の前の現実をしっかり分かっているような、非常に淡白そして個人としての強さ。

日本だと(親によるだろうが)、「うちの子はかわいそう」という思いが少なからず母親にはあり、病気の子供を(過)保護する。愛情を注ぎ、一生懸命看病する。子供と一緒に戦う、必要な事だ。でも時に、「お母さんに聞いているではなくて、子供に聞いているのですけど」というケースも多いと思う。

この世への登場っぷりから破天荒ぶりを発揮し、その後4年位の病院通いのおいらをもつウチなんてイイ例だ。想像するに、うちの子かわいそ~と悲劇のヒロイン。何かあったら、と過保護になり過ぎ、超弱いバカオヤに。そこで、呆れた婦長一括!「お母さんが強くならなくてどうするの」元来の性格に拍車がかかり豹変、心臓に毛が生えた。その産物が私。(その下は、お姉ちゃんが過保護に育て過ぎたので、反省)

でも、今はたぶん、そう言ってくれる婦長さんもいない。すぐ訴えるだの始まるから・・・日本も残念でならない。

ここで様子を見ていると、子供も親も対等・同等。

フランスは超徹底個人主義。

それは医療現場・生死の問題でも、それは同じ。欧米では、宗教上の問題で~といった事があるそうだが、この国は宗教よりも個人が尊重される。インフォームドコンセントがされ、この処置をしなければ死ぬ、という場合でも、個人がNOと言えば、NO。チューブで栄養を入れるかも、NOと言えば、このままではもたないと分かっていてもNO。(日本は、出来る限りの手を尽くす。)家族ではなくて、個人が決めることで、病状を隠さず知ることになる。

徹底した個人主義。極限の状態で、個人が正しい判断が出来るのか、という疑問はあれど、小さいころから既に教育されてきている。

それに、世界で最初にヒトへの臓器移植が行われたのもフランス。

リスクは高けれど、その他に成すすべがない。なら、イチかバチかで、失敗の可能性があっても、それに懸ける、という国民性。何事も、70%の準備、30%の実行とでもいうか、当たればデカイが、大失敗する事も多いといったイメージである。ビジネスの世界ではもっと顕著だろう。

この子達も、全て自分を知っているのだろうな。そして、現実が目の前にあり、自分の人生・自分の運命を、自分なりに受け入れているのだろうなと感じる。

目が強い。

最初、彼らにうまく Bonjour!  が言えなかった。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です